次の世代に繋いでいっていることを、神仏習合の名残から感じる

石材店繁盛記 〜365ブログ〜
2026年1月10日、81日目(+89)

 

先日、打ち合わせで博多に出た時のこと。

 

博多ではとても珍しい、
神仏習合の名残がのこっている、
こちらの神社、お寺の前を通った。

その名も龍宮寺。
昔の人魚伝説が残っているお寺様。

 

浄土宗のお寺様なんやけど、
山門の中に、神社をしっかりと残している。

今から10数年前やったかな。

 

とある勉強会で、
東京にある、古くからのお地蔵さんなどの
石像を見学したことがある。

 

その時に、お寺の入口に大きな鳥居が
建っていることに大きな衝撃を受けた。

 

「なんで、お寺の中に鳥居があるんかいな・・・」

 

それまではまさに勉強不足で、
というか、学生時代に教わっていた通り、

 

信仰は仏教なのか、神道なのか、
はたまたキリスト教なのか、
のようなイメージやったので。

 

同じ土地に、別の宗教が共存していることに
衝撃を受けた。

 

その後、
神仏習合 → 神仏分離の時代を経て、
今を迎えていること。

 

また、神仏分離を主導した地域、
薩長などを中心に、神仏分離の影響が強いこと
(お寺と神社の共存が残っているケースが少ない) を学んだ。

 

 

ふと感じること。

形として残っているからこそ、
気付きを得られたんやと。

 

 

私の住まう福岡もそうやけど、
目で見て、神仏習合を感じる場所が無かったら、
その意味や存在を、再認識する機会が無くなる。

 

しかし、それを目にして

「ああ、神仏習合の時代があったんやな」

 

そう認識できる【目で見えるモノ】があるからこそ、
時代を経ても、それは次の世代に伝わっていく。

 

われら石材店の仕事って、まさにそういうことなんかも!

 

 

 

未来に「目で見えるモノ」を残す。
それが、次の世代への贈り物になるなんかもしれんね!

 

 

 

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